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そんじゃここまでだ、さよなら

section-43

女性に対して、神聖なものを見るような視点を持っていることを否定できない。間違いなく(というか誠に遺憾ながら)自分も女であることには変わりないのだけど、女性という生き物はただ存在しているだけで自分が守らなければならないような気になる。夜道をひとりで歩かせたり、重いものを持たせたりしたくない。男性がそれを言ったら「女だからってナメんなよ!」と言いそうな女の子でも、不思議とわたし相手だと素直に甘えてくれたりするので、より泥沼の中に溺れつつあるのかもしれない。自分も女として生まれたくせに、どうして女の子というのはそれだけで守りたいような気持ちになるんだろう。わたしが異常者だからだろうか?

女の子に対するそういうきもちが恋愛感情でないとは完全には言い切れない。わたしはどちらかといえば同性愛者よりのバイセクシュアルだが、今はたまたま異性と恋愛をしている。当然、恋人に対する感情は他のだれに対する感情より特別なものだけれど、それでも男の人に対する気持ちと女の人に対する気持ちはまったく違う。けれど、もしかしてわたしはこの子のことを恋愛的な意味合いで好きなんじゃないかと思ってしまうほど女友達のことを大切に思ってしまっていたりする。恋人に対する感情とはまったく別軸で。

先日、大学時代の友人とひさしぶりにご飯を食べに行った。第二外国語の授業で一緒だったので学部学科は違えど1年生からの付き合いで、たまに一緒にお昼を食べたり飲みに行ったりしていた。卒業してからもたまに連絡をとっていたのだが、たまたま職場がかなり近く、徒歩で行けるということがわかり、仕事おわりに中間地点くらいで待ち合わせをしてイタリアンを食べた。ウニのコンソメジュレなるものをスプーンで掬いながら彼女の最近の生活について聞いていたのだが、なんだかそれですごく悲しくなってしまった。大学在学中に彼氏をひとりしかつくらなかった彼女は恋愛や性に対してものすごく消極的で、ふたりで会えばわたしたちはそういう話題とはまったく関係のない話でいろんな隙間を埋めていた。大学生という職業でいる以上、友人のほとんどはそういう話をしてきてくれることが多かったから正直すこしウンザリしていて、わたしたちはそういう話題から切り離されたほんとうにどうでもいい、他愛のない話で盛り上がっていたものだった。

その彼女が今はいろんな男性と関係を持って、ほとんど家に帰らずその人たちに生活の面倒を見てもらっているのだという。そのうちの一人はわたしも知っている男の人だったからなおのことげんなりしてしまった。この後も会うんだけどさ、と言っている彼女を見ていて、この後その男の家に行ってセックスするのか、と思ったら殴られたみたいにショックを受けてしまった。聞けばその人には正式な彼女がちゃんといて、でも彼女とだとつまらないからその子とも関係を持っているのだという。友人はそういう関係性みたいなのに特にこだわりがなく、自分は特定の恋人を作りたいという気持ちもないのに、その男に束縛されるのが心底いやなのだと話してくれた。彼女がいるくせに自分の行動を束縛してきて腹立つ、という話を聞きながら、わたしは食べていたサラダの味がどんどんなくなっていくのをた。アボカドもサーモンも美味しかったのに。ごめんね

わたしが彼女の貞操観念や処女性みたいなものを崇拝していたというのならまだわかる。やきもちでもなんでもなく、ただ単に貞操観念や恋愛観みたいなものが似ている仲間だと思っていた人間に裏切られて悔しかったというだけの話だろう。彼女はハーフみたいな顔立ちの美人で、背も小さめで女の子らしいが、確固たる自分を持っていて強い。学内のどこにいてもすぐに見つけられるから、彼女のことを百合の花みたいだと思っていた。そんな彼女を一途に好きでいた男の子と彼女が2年の夏に付き合い始めたとき、ずっと右手の中指に嵌っていた黒い指輪がなくなった。わたしはその男の子とも仲が良かったから、ふたりが付き合い始めたのがうれしくて、学内で見かけるたびに意味のわからない絡みかたをして鬱陶しがられたりしていた。だから、わたしは彼女の貞操観念、あるいは異性に対して潔癖なところが好きだったわけではない。

美味しいはずのイタリアンはほとんど味がしなかった。デザートまで食べたいと言ってもぐもぐしていた彼女の頬を見つめながら、わたしは彼女に聞かれるがまま恋人の話をしたりして、何とか時間をつないでいたような薄い記憶がある。食べ終わって近くの駅まで送って行く時、このままふざけたフリして手を握ってしまおうかとほんの少し悩んだ。その役目を担うのは当時の彼でももうないし、当然わたしでもないから、しなかったけど。でも、このままその男のところに行ってほしくないと思った。哀しかった。わたしが彼女のどこかに開いている溝を埋めることができたらよかったのにと思った。

駅の入り口で別れてからJRの駅までの道、人目も気にせず大泣きしながら歩いた。大きな音で音楽を聴いて、意味がわからないくらい泣いていた。もうどうにでもなれと思った。自分の感情が追いつく前に涙が出た。そんなにすごく仲が良かったわけではなかったけれど、自分の意識や想像の及ばないところにあったなんかしらの意味合いで、わたしは彼女のことがすごく大切だったんだと思う。彼女の手を握りたいと思ったけれど、できなかった。だって彼女にとってわたしは大切な他者でも何でもない。それにわたしは、今は女として好きな人のそばにいる。

わたしはもしかしたら浮気者なのかもしれないけれど、わたしの中にいくつもの性別がいることがそもそもいけないことなんだと思う。だれであれ「女性」というだけでわたしにとっては大切にしなければならない存在で、適当に扱ってはいけないとおもっている。もちろん男性だからぞんざいに扱ってもいいと思っているわけではないけれど、でもだからこそ男性といるときのほうが気持ちは楽だ。女性といるときほど気を使ったり、気を張ったりする必要があまりないからだと思う。

このことを恋人に話そうか悩んで、もう1週間が経とうとしている。何度も言うが彼女に対する気持ちと恋人に対する気持ちはまったく別物だ。彼女の話を聞いたあとで胸を締め付けたあの絶望感はきっと恋愛にまつわるものとはすこし違っている。これから先もできればずっと一緒にいたいと願っているのは当然ながら恋人で、わたしは彼女の人生を背負い切ることはできない。だけど、すごく悲しかったのだ。彼女がいろんな男の人に(意味がどうであれ)大切にされながら、それでもまったく幸せそうじゃないのが。わたしならそんなふうに扱ったりしないのにと思ってしまったのだ。

中途半端な性別を抱えて、それでもそれを受け入れてくれた今の恋人を裏切るようなことは絶対にしない。ほんとうに感謝しているし、こころの底から大切に思っている。付き合ってもうすぐ半年になるが、飽きたり嫌になったりするどころか毎日より深く想うようになっている。今のこの状態を変えるようなことはしたくない。だけどこれからもわたしは女の子を大切に思い、自分よりもまず先に守ろうとするだろう。自分も同じ性別であることを差し置いて家まで送ったり、重い荷物を持ったりする。自分が女の子の前で紳士的な対応をしないでいるということが許せない。恋人にその片鱗を見せず、ずっと彼の前で女性としていられるだろうか。ほんの少しだけ、自信がなくなってしまった。