××××××××

そんじゃここまでだ、さよなら

section-32

自分が、自分の感情が、自分のもっている感覚のすべてが、なにをもって満足したと言えるのかわからなくて、ずっと胸の奥に炎とも呼べない小さな灯火がくすぶり続けている。いくら息を吹きかけても消えない。わたしはロウソクになったのかもしれない

月から隠れて眠ろうとする街並みを歩いても満たされない感情をどうやりすごしたらいいのかわからなくて、暗くなっていくだけの廃棄みたいな街をただあてもなく歩き歩いて熱いのをごまかす。置いていかれるのがわたしなのか、置いていくのがわたしなのかわからないまま、嘲笑うみたいに痛み出す足の裏、街灯ばかりでまぶしくて閉じた瞳、いつの間にか下手になっていた呼吸がつめたい肺の奥を突き刺す。上手く言語化されないまま内部にこもって暴れまわるだけの熱を、もう痛みを痛みとすら感知してくれなくなったいのちを、どうしてもうまく愛せない。わたしは存在意義を問いかけるだけのただの箱になった

なにも残せなくなってしまった。壊れたカメラみたいに。あたまのなかになにも残せなくなってしまった。ぜんぶその場限り。瞬間を切り取る以外のことはできなくなってしまった。その瞬間の美しさや儚さみたいなものを握りつぶすことだけが生きがいになってしまった。同じだけの熱量を維持して生きていくことが不可能になり、わたしは壊れたカメラの、壊れたレンズの欠けた破片になった。

終着駅はどこだっけ。来る日も来る日も山手線に飛び乗っては、何周も何周もねむりながら、終着駅がないことを何度も嘆いている。円環的な人間関係はいつかバラバラになって、穏やかな円だったはずのそれは鋭い三角形になる。どこに目をやっても鋭くとがっているそのかたちが苦しい

部屋の明かりを見上げているだけでしんどくなってしまった。世界でいちばんどうでもいい胸の痛みを抱えて呪いにかかったみたいに街灯の少ない道を歩いている。人通りはほとんどない。死に絶えたように静かな、凪みたいな世界。正しさはいつだってわたしを殺す。単純な理論は複雑な心の奥をぶち壊す。清潔な空気に汚される。優しい言葉に殴られる。やわらかい生地にじわりと刺されていくように。除菌されたみたいなきもちになる。美しさはわたしを正面から殴る。どうせなら砂糖に溶かすように甘やかしてほしい。それが無理ならいっそ切り刻んでくれ。

左手の中指の爪が欠けてしまったのにその後ろにはもう新しく生成された爪が待っていて、そういうことにほんとうに恐怖を感じる。本来わたしの本体であるはずの意思や感情を無視して、なにごともなかったかのようにふつうに生きていこうとする身体の機能がおそろしい。生きていたいなんてひとことも言っていないのに。今日まで生きてきたことを上書きして新たな人間として生きていきたい、わたしはいつまでわたしとして存在していればいいの

なにも生み出せなかった空っぽな頭を壁に打ち付けて中身をさらに空っぽにしている。「生きていく」ということだけに焦点を当てていたい。ちゃんと生きる、まっすぐ生きる、まっとうに生きる、という枕詞に、人生の首を絞められている

わたしとまったく同じ思考で同じ言葉を紡ぐ人がいたらどうしよう。そう考えたら嫉妬も憎悪も嫌悪も憤怒もなにひとついらなくなんてないな。ほんの小さな期待からうまれる大きな呼吸の歪みをゆるしてほしい。情緒が安定しないのをだれかのせいにしてしまいたい。負の感情に突き動かされて使いものにならなくなった呼吸を招き入れてくれる空っぽなからだを探している。

 

ねえ、ところで、世界の終わりはまだ?