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そんじゃここまでだ、さよなら

section-19

どもの頃、空の色が青だということがわからなかった。幼稚園のお絵かきの時間に空の色を青みのある緑色で塗っていたら、どうしてお空がそんな色なの?空は青だよと女の子に揶揄された。わざとその色に塗ったわけではなくて、ただ単純に見えていなかったからわからなかった。へえ、そうなんだ、と言ったら泣かれた。空は青なのに、と。そもそも空という概念もなく、そのうえ見えていなかったわたしには、何のことやらわからなかったから反応もものすごく薄くなった。

幼稚園での紙芝居の読み聞かせの時にわたしがあまりにも見えない見えないというので不思議に思った先生から親に話がいって、眼科に連れて行かれた。先天性弱視で、左目の視力が極端に弱く、ものの輪郭すらほとんど見えていなかったらしい。その世界しか知らないわたしは疑問を抱くこともなかったし、子どもだったからそれがあたりまえだという感覚すらなかった。すぐに処方箋をもらってメガネをつくり、それをかけてメガネ屋さんを出た瞬間「ママ、空って青いんだねー」と笑って言ったらしい。わたしは覚えていないけれど、親は一生涯わすれられないと言って涙ぐみながら笑っていた。

小学1年生になってから、クラスメイトの男の子たちにメガネを奪われるようになった。6歳にとってはメガネというものが珍しかったらしく、わたしのメガネをするっと取り上げてクラス中にまわしては、返して欲しかったらここまで来いとからかう男子がたくさんいた。取り上げられることが悔しかったわけじゃないし、人前で泣くのがきらいなひねくれた子どもだったので、いやだなと思いながら家に帰って、母親にその話をしながらめそめそ泣いていた。だけどほんとうにいやだったのはメガネを取り上げられることじゃなかった。わたしはそのときはじめて、みんながなんにも通さずに裸眼で見ている景色を自分がおなじように見るためにはこんなにも分厚くて重たいメガネをかけなくてはならないのだということを知った。みんなが裸眼でプールに入っているのにわたしはメガネがないとなんにも見えなくて、水の中に潜るときでさえ度入りのゴーグルをつけていた。レンズの度が強いせいでしょっちゅう頭痛に悩まされて早退したり、遅刻したりした。みんながあたりまえにやってのけることがわたしにはできなくて、いちいち親に高いお金を払わせてメガネをかけなくてはらないことや、検診のために月に1度は大学病院に行かなくてはならなかったことも、ぜんぶいやでしかたなかった。望んで目が悪くなったわけじゃないのにどうしてわたしが笑われなければならないのかわからなかった。

右目はメガネをかければ0.5くらいまでは見えた(今は0.9まで見えるようになった)けれど、左目はどんなレンズをつけてもどんな風に矯正をかけても0.002しか見えなかった。輪郭も掴めないし、おまけに斜視だった。子どもの頃に撮った写真を見返すとほとんど左目が内側によっている。今でも写真撮ろうと言ってカメラを向けられたり、面と向かって人と話したりするとき、ああ、今きっと目が合っていないんだろうな、変に思われているかもな、と気になってしまう。だから目を合わせるのが好きじゃない。

人生ではじめての劣等感はたぶん目のことだ。だれかと同じようにものを見るためには、10万円くらい払っても牛乳瓶の底ほどに分厚いレンズの入った重たいメガネをかけなければならないということ。近視用の矯正メガネのせいで目が小さく見える。未だにメガネを外すと別人になるね、とよく笑われる。べつに気にしないけど。

高校の頃の友達と、その彼氏とわたしで一緒にご飯を食べた帰り。その子は自分の彼氏にわたしのことを「ちょっと変わった子」として紹介していた。たしかに中高の友人には変わった子が多かったからそれはよかったのだけど、帰りの電車の中でその女の子が彼氏に向かって、「見て、この子、左目が寄ってるんだよ、変だよね」といったのを、未だに忘れられない。内面が変わっているのなら「個性的」という意味で捉えることができるからいいけれど、外見はだめだよな。自分がそう言われて傷ついたというより、彼女(わたしが友人だと思っていた子)がそんなことを平気で口に出せるような人間だったということを知ってショックを受けた。未だにその二人は付き合っているというから、びっくり。

 

妹は美人だ。姉から見てもきれいな顔をしている。派手な顔立ちというわけではないのだけど、ぱっちりした目に、高い鼻、白い肌、そしてきれいなかたちの唇。おまけに小さくて細い。ばっちりメイクをして短いスカートをはいて外出するような、ノリノリの現役JKだ。わたしは目もぱっちりじゃないし、ついでに言えば先述のとおりド近眼のメガネをしているから目が小さく見える。鼻も別に高くないし、色も別に白くない。妹よりも背が10cm高いし、なによりきれいな顔立ちじゃない。だから昔から親戚や父の会社の関係者たちに「妹の方が美人だ」と言われて育ってきた。中高一貫校に通っていたから自分が高2の時に妹が中1で入学してきて「みのりの妹、みのりよりも美人だね」という言葉を何度もかけられた。悪意があるにしろないにしろ、そんなこともうずっと昔から知ってるよと思いながら、それでもそういう言葉たちにチクチクと胸の奥を刺されてきた。

顔がきれいな友人が多い。高校の同級生にあるミスコンで賞をとった子がいる。その子とは家も近くて、バイト先も一緒だ。その子と一緒に自分の大学の学園祭に行った時、お笑いサークルに入っている男の子のライブを見に行ったら、その男の子がわたしの友達を気に入って、3人で一緒にご飯を食べに行った。それからわたしを経由して何度か食事をするようになった。極め付けは3人でカラオケに行ったのにわたしひとりが歌っていて、そのふたりがずっと話しているということもあった。かわいい女の子と一緒にいると、やっぱりこういうことが起こるのだな、と思った。妹と同じだ。妹の方がかわいいね。妹は目がぱっちりしているのに、お姉ちゃんはそうでもないね。こういうこと?かわいい女の子と仲良くなるためならわたしはどうでもいいんかい

三四郎ファンは美人さんや可憐さんが多い。妹がたくさんいる。いやだな、と思う。どうしてこんな中にいるんだろう。目に付く若い女の子はみんなかわいい。いやだな。すきなものを見て、すきなひとたちに会いに行くのにいらない劣等感が邪魔をする。こういう考え方は三四郎さんに失礼なんだけど、でも長年ずっとそうやって生きてきたから、もうどうにもならない。ごめん。単純に自分が「かわいい」と言われないことが悲しいのかもしれないけど、でもそうじゃなくて(と思いたい)、人が人を見た目で判断することが悲しい。人間が人間の本質を見極めるのに見た目から入るのって悲しいよ。自分はそうしたくない。そうしていない自信がある

かわいい彼女がいる男の子がよくからかってくる。「この店、かわいい女の子しか入れないよ」「彼氏欲しいならかわいくなる努力すれば?(彼氏が欲しいって一言も言ったことないけどな)」努力してかわいくなるんならもうしてると思うよ。間接的に下に見てくるのやめてほしい。知ってるよ、家に帰ればわたしよりかわいい妹がいるんだから。バイト先に行けばわたしより全然かわいい女の子がふたりいるんだから。

 

父は昔からわたしのことを「どんくさい」という。確かに人よりも行動が遅い。給食に関してはクラス内でいちばん遅くまで食べていたから昼休みなんてものはなかったし、運動神経もないから走るのも遅かった。いろんな面において人よりも行動が遅かった。母も父もそれをよく知っていた。弟も妹もそつなく何でもこなせるのに、わたしは基本的にできなかった。弟がスタバでバイトをはじめた時、父がおもしろがって「お姉ちゃんには無理だね」といってきた。どんくさいと言われ続けて生きてきたから、飲食や接客の仕事は絶対にできないと思っていて、だから塾のバイトを選んだのに、それを否定するようなこと言わないで欲しかったな、と思った。言いたいことは言えない。目も悪くて、かわいくもなくて、どんくさくて、もう失敗作みたいなもんだから。わたしは。

大学院進学を希望しているのもそれが理由かもしれない。仕事なんてできないよ。どんくさいし、みんなとおなじ速さで何かをこなすことができない。また父や妹にばかにされる。

だからもう勉強をするしかなかった。わたしはどんくさいから、勉強とか、文章を書くとか、そういうことでしか人間的な価値を保てなかった。だからきょうだい3人の中ではいちばん頭が良いままここまで来た。中高6年間、成績が1位じゃなかったことがない。家の経済事情で推薦をとって大学に入った。弟は一般入試で30万くらい使って大学に合格したけど、わたしは賢くてお金のかからない子どもでいたかった。こういうことでしか役に立たないから。家族は大好きだしとっても大切だし、大切にされてきたという自覚ももちろんあるけど、ときどきものすごい疎外感に襲われる。わたしだけ反対側のホームに立たされているような

 

他人に言われたことを気にしすぎなんだと思う。あと人のせいにしすぎ。自分にも絶対に原因がある。わかってる。

普段は何にも気にしていないみたいな顔をして背筋を伸ばして、馬鹿にされないように生きている。たとえ嫌なことがあってもヘラヘラ笑っているけど、あるとき急にずっと抱え続けている「劣等感」の糸が切れることがあって、さっきお風呂場でめちゃくちゃ涙が出たので、言葉にすることした。これは弱音じゃなくて、普段から思っていることだから、この文章は日常のことだ。同情されたいわけじゃないし、慰められたいわけじゃない。なんか読んでほしかった。知ってもらいたかった。普段こんな感じで生きているんだよっていう報告みたいなもの

 

小宮さんがうらやましい。劣等感のかたまりみたいなこと言っていたし、きっと実際そうなのだろうけど、彼にはネタを書くという才能があり、人を笑わせるという才能がある。うらやましい。ずるいな、ずるいよ。めっちゃかっこいいよ

 

なんの話だかわからなくなっちゃったけど、ごめんなさい

ここまで読んでくださった方、どうもありがとう、愛しています。あなたはどう?